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岡山地方裁判所 昭和30年(行)2号 判決

原告 片山深

補助参加人 久米郡福渡町外二箇村中学校組合教育委員会

被告 久米南町教育委員会・久米南町収入役

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用中補助参加によつて生じた部分は補助参加人の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

「被告久米南町教育委員会は久米南町に対し金六七〇万円を支払わなければならない。

被告教育委員会は本判決確定以後被告収入役に対し弓削中学校神目分校の経費の支出を命令してはならない。

被告収入役は本判決確定以後前項の経費を支出してはならない。

訴訟費用は被告等の負担とする。」

との判決を求める。

第二請求の原因および被告等の答弁に対する陳述

一、原告は岡山県久米郡久米南町の住民であつて、同町は久米郡の旧弓削町、旧誕生寺村、旧神目村及び旧竜山村が合併して昭和二九年四月一日新町として発足したものである。

二、久米南町議会は昭和二九年一〇月三〇日旧神目村上神目地区内に弓削中学校神目分校を予算金四六五万円で建設することを決議し、さらに昭和三〇年度に一一五万円、ついで一七五万円を同校のための経費として予算議決をなし、被告久米南町教育委員会は、被告収入役に対し、同校の経費として合計金六七〇万円の支出を命令し、被告収入役はこれに応じて右金額を支出した。

三、しかし前項の支出命令およびこれに基づく支出はいずれも違法である。

(1)  被告久米南町教育委員会は上神目地区内に弓削中学校の分校を設置する権限はない。

(イ)  合併前旧神目村のうち上神目、神目中、南畑、安ケ乢、京尾の五大字は福渡町外二ケ村中学校組合に属していたがかかる一部事務組合は関係町村に合併が行なわれても合併町村において当然に脱退することなく、久米南町発足後も従前の所轄区域に中学校教育行政の権限を有している。

(ロ)  仮りに町村合併により当該地域に対する組合の権限が消滅するとしても、久米南町の合併条件には「新町実施と同時に当分の間、福渡町外二ケ村中学校組合に加入するが将来事情の許すかぎり早急に加入を解消するものとする。」という一項があり、新町発足後久米南町は福渡中学校組合から脱退する手続をとつていない。

従つていずれにしても久米南町の前記五大字は福渡町外二ケ村中学校組合の所轄区域に属し、久米南町教育委員会の所轄区域に属しないから、同委員会は上神目地区内に弓削中学校の分校を設置する権限を有するものではなく、同校設置のため予算の支出を命令するのは権限外の違法行為である。

(2)  町村合併の目的はできるだけ町村の機関を統合して経費の節減をはかるにあるが、神目分校の設置は設備の不完全を招来し、教育の衰退をもたらすのみならず、久米南町の財政には一千数百万円の赤字があるのに、その上に教育面では不利益であり、経費の膨脹をもたらすような神目分校に合計七百五十万円余の巨額の経費を支出するのは公金の不当な支出である。

四、原告は昭和三〇年一月三〇日弓削中学校神目分校設置に関する経費のうち金四六〇万円の支出について前項記載の理由を具して久米南町監査委員に対し、監査請求をしたが同委員は未だ適当な措置を講じない。よつて地方自治法第二四三条の二により、被告久米南町教育委員会の権限外の違法な支出命令によつて久米南町の受けた損害の補てんおよび将来の違法な支出命令ならびにこれに基づく違法な支出の禁止を求めるため本訴を提起した次第である。

五、被告等の答弁に対する陳述 福渡町外二ケ村中学校組合管理者が昭和二九年一一月二二日附岡山県知事に裁定の申請をなし、被告等主張のごとき裁定があつたことは認めるが、その効力を争う。

(1)  地方自治法の解釈上、町村合併により従前の一部組合から関係町村が当然脱退するものと解すべき法的根拠はなく合併後も同法第二八六条による脱退の手続をとらないかぎり従前の一部事務組合が存続するものと解すべきであり、町村合併促進法第一一条の六はこの当然の原則を明らかにした規定である。

(2)  昭和二九年法律第七九号附則、第五項、第六項が被告等の主張するごとく、町村合併により従前の関係町村が一部事務組合から当然脱退することを前提とし、県知事の「存続していたものとみなす決定」があつたときにかぎり、従前の一部事務組合が存続するものとみなされる趣旨の規定であるとするならば、法律の附則を以て町村合併促進法第一一条の六の原則と相反する規定をしたこととなるから、かかる規定は無効であり、これに基づく知事の裁定も亦無効である。

(3)  前記附則第五項、第六項は、町村合併により新たに成立した町村が一部事務組合から脱退を希望する場合地方自治法第二八六条により関係町村の協議により都道府県知事の許可を受けなければならないのであるが、その協議がととのわない場合の救済手段として県知事の裁定を以て協議および許可にかえうるものとする趣旨の規定であると解すべきであつて、「存続していたものとみなす決定」とは「脱退を認めない決定」の意味である。

(4)  福渡町外二ケ村中学校組合関係町村の間に久米南町を同組合から脱退させる旨の協議がなされたことはないのであるから、本件裁定はその前提をかくものであり、また福渡町外二ケ村中学校組合から久米南町を脱退せしむべき旨の裁定を申請したものでもないから、本件裁定を久米南町が前記組合から脱退することを認めたものと解することはできない。

この裁定は結局なんら法律的意味をもたぬ無効のものといわねばならない。

第三原告補助参加人の陳述

原告補助参加代理人は、被告久米南町教育委員会は参加人所轄学区内に弓削中学校神目分校を違法に設置しているものである。参加人は原告と被告久米南町教育委員会との訴訟の結果につき法律上重大な利害関係を有するを以て右訴訟において原告を補助するため参加すると述べ、原告の被告久米南町教育委員会に対する請求の原因その他の陳述を援用した。

第四被告両名の答弁

「原告の請求はこれを棄却する」との判決を求める。

原告が久米南町の住民であること、久米南町が町村合併によつて新発足し、久米南町議会の議決を経て神目分校設置のためその主張の如き経費の支出命令があり被告収入役においてその金額を支出したこと、合併前において原告主張の各大字が福渡町外二ケ村中学校組合に属していたこと原告が監査請求をしたがこれについて別段の措置が講ぜられていないことはいづれも認めるがその余の原告主張はすべて争う。

(1) 福渡町外二ケ村中学校組合に加入した旧神目村上神目外四大字は合併により前記組合から当然脱退したものである。

地方公共団体の廃置分合があつた場合には地方自治法第二八六条所定の手続を要せず従前の一部事務組合から当然脱退するが、町村合併促進法第一一条の六の新設により昭和二九年四月三〇日同規定施行後は当然脱退はせぬことになつた。

昭和二九年法律第七九号附則第五項、第六項は従前合併の分は当然脱退するとの解釈を前提とし且つこれを裏書きするものである。

(2) 仮に上神目外四大字が福渡町外二ケ村中学校組合から当然脱退したものでないとするも前記附則の規定に基づき福渡町外二ケ村中学校組合管理者福渡町長は昭和二九年一一月二二日岡山県知事に対し裁定の申請をなし、これに対し県知事は昭和三〇年四月七日久米南町と福渡町外二ケ村中学校組合との間に一部事務組合は存続していない旨の裁定をしたから新たに弓削中学校分校を設置することは県教育委員会の許可もあり被告委員会の権限内の適法行為である。

これを要するに被告等の本件支出命令および支出行為にはなんら違法の点がない。

第五立証〈省略〉

理由

原告が岡山県久米郡久米南町の住民であること、久米南町議会が昭和二九年一〇月三〇日旧神目村上神目地区内に弓削中学校神目分校を予算金四六五万円を以て建設することを議決し、さらに昭和三〇年度に一一五万円ついで一七五万円を同校のために要する経費として予算議決をなし、被告久米南町教育委員会が被告収入役に対し同校開設のため合計金六七〇万円の支出を命令し、被告収入役がこれに応じて右金額を支出したこと、原告が昭和三〇年一月三〇日久米南町監査委員に対し前記六七〇万円のうち金四六〇万円の支出命令ならびにその支出を違法であるとして監査請求をしたが、監査委員において右請求に対し別段の措置を講じていないことは当事者間に争いのないところである。

原告の本訴請求は地方自治法第二四三条の二第四項に基づくものであり、原告及び参加人はその理由の要旨として、久米南町および被告久米南町教育委員会には上神目地区内に弓削中学校神目分校を設置する権限がないからその設置のため被告教育委員会が予算支出を命令し、被告収入役がこれに応じたのはいずれも権限外の違法な行為であると主張し、損害の補てん及び支出命令並びにこれによる支出行為の禁止を求めるものである。

しかしながら、地方自治法第二四三条の二の立法趣旨は、普通地方公共団体の予算の執行にあたる当該普通地方公共団体の長、若しくは収入役その他の職員が、その予算の執行において、公金の違法若しくは不当な支出若しくは浪費、財産の違法若しくは不当な処分、特定の目的のために準備した公金の目的外の支出、違法な債務その他の義務の負担、財産若しくは営造物の違法な使用又は違法若しくは権限を超える契約の締結若しくは履行をしていると認められるとき、換言すれば予算執行における会計経理上の不正があると認められるときにかぎり、住民に経理上の監査を請求する権利を認めたものと解すべきであつて、それ以上に議会の議決によつて定まつた予算ならびにその執行そのものの当否を争い、これを監査することを認めた趣旨であると解することはできない。もつとも予算議決後その予算の執行を違法ならしめる特別の事由が発生したにかかわらずこれを無視して執行したときは会計経理上の不正があつたことに帰着し、監査請求の理由となし得るが、被告久米南町教育委員会が支出を命令しかつ被告収入役がこれに応じて支出した金六七〇万円につき久米南町議会の予算議決を経ていることは原告及び参加人の自ら認めるところであり、それ以外に予算議決後その執行までに、予算の執行そのものを違法ならしめる特別の事由が発生したこと、またはその予算の執行において被告等に経理上の不正があることは原告及び参加人において毫も主張立証しないところであるから、地方自治法第二四三条の二により前記支出命令並びにこれに基づく支出行為を違法であるとして損害の補てんを求める原告本訴の請求はその主張自体において理由がないのみならず現在までの支出命令及び支出行為につき経理上の不正があることにつきなんら主張立証がない以上将来において違法の支出命令並びに支出行為がなされるおそれがあるとしてその禁止を求める請求も亦失当であるこというまでもない。

よつて本訴請求はいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九四条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 林歓一 藤村辻夫 藪田康雄)

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